印鑑の無断使用と免責の効力②

以前にこちらで紹介した、自己破産後の請求のケースですが、進展がありましたので報告します。

 

結論から言うと、訴訟になることなく、債権者側が請求を諦め、債権債務なしでの和解に応じるとのことでした。

 

まず、こちらが最初に代理人として話を持ちかけた際、債権者側の言い分は、

 

「自己破産していることは(本人から聞いて)知っている。しかし、その際に債権者一覧表に当方が記載されていなかったため、裁判所からの通知等は一切来ていない。よって免責の効力は及ばないので、請求は止めない。」

 

というものでした。

 

債権者一覧表に記載しなかった場合の免責の効力については前回の記事で書いた通りです。

 

今回は、自己破産当時、依頼者が債務として認識できなかったとしてもやむを得ない事情がある(本人が保証債務として認識していない)ため、免責の効力は及ぶはずです。その旨を主張しましたが、債権者側の態度は強硬でした。

 

債権者側の主張をまとめると、

 

・たしかに、契約時に連帯保証人本人と面談した記録はないが、署名と実印、印鑑証明書の提出があったため、十分な証拠となる。

・契約後、主債務者からの返済が始まった際に、連帯保証人に電話で確認しているはず。

・契約後、主債務者からの返済が遅延した際(依頼者が自己破産するより以前)に、連帯保証人に手紙を送っているので、その時点で保証債務の存在を認識できたはず。

・したがって、自己破産するよりも前に、連帯保証人も保証債務の存在を認識できたはずであって、その時点で何ら争う姿勢を見せなかったことは、保証契約を追認したことにほかならない。その上で債権者一覧表に敢えて記載しなかったのだから、免責の効力は及ばない。

 

といったようなものでした。

 

依頼者本人とも相談し、現時点で債務不存在訴訟を提起することは可能であることを説明しましたが、そうなるとやはり多少なりとも費用をいただくことになってしまうため、この点を躊躇されていました。

お金が返ってくるような裁判であれば、事後的に回収額の中から報酬を頂くことも可能ですが、今回のようなケースでは、仮に裁判に勝ったとしても、依頼者本人の手元には1円も入ってきません。そのため、極力コストをかけずになんとかしてほしいというのは自然な感情だと思います。

 

そこで、ひとまずは内容証明郵便でこちらの主張を明確に相手に伝え、並行して交渉を続けていくことにしました。少なくとも、専門家が間に入って話し合いを続けている限りは、依頼者本人に厳しい督促がいくことはありません。万が一相手方が痺れを切らして裁判を起こしてきたとしても、こちらとして争う要素は十分にあります。

 

そして、ご本人からはひとまず内容証明郵便代の実費を頂き、正式に書面で主張を伝えて交渉していたところ、つい先日、債権者側から、

 

「先日の書面(内容証明)の内容と、そちら側の主張をふまえて再度内部で検討した結果、今回のケースに限っては請求を放棄します。」

 

との回答を得ました。

 

こちらとしては、最悪裁判になったとしても、勝訴の見込みは十分にあると思っていたので、別段驚きもしませんでしたが、依頼者本人に余計な費用負担を強いることなく解決できたのは良かったのではないかと思います。その旨を報告したところ、依頼者の方も非常に喜んでいました。

 

身に覚えのない借金の請求や、遥か昔に借りて長期間払っていなかった借金の督促、毎月の返済にお困りの方は、ぜひ1度専門家にご相談されてみることをお勧めします。

 

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印鑑の無断使用と免責の効力①

先日、平成20年に前職の事務所で自己破産された方がご相談に来られました。聞くと、自己破産して以降に、連帯保証債務の請求が来ている、とのことです。ざっくりと状況を書くと、下記のような感じでした。

 

・平成8年に、前妻の姉の子どもの就学費用を借入れする際に、連帯保証人として契約。
ただし、この契約は、前妻が実印を冒用(無断使用)して作成されており、相談者は全く知らなかった。契約書の筆跡も明らかに本人とは異なっており、複数口ある契約書間での筆跡すら異なっている。

 

・平成20年に自己破産。この時点では、上記連帯保証債務の請求は来ておらず、相談者は保証の事実すら知らないため、債権者として申告していない

・平成24年以降、前妻の姉が支払い不能になったことを理由に、保証債務の請求が来るようになる。自己破産した事実を伝えるも、債権者一覧に記載がなかったことを理由に請求を止めない。

※実際のケースをアレンジしています。

 

さて、このような場合、相談者に支払い義務はあるのでしょうか?
ポイントは2つ、①印鑑の冒用(無断使用)による契約の有効性と②破産時に債権者一覧に記載していない債権の免責性です。

 

まず、①について、相談者は、前妻との婚姻期間において、(今思えば)前妻が実印を持ち出せる状況にあったことを認めています。おそらく事実は、前妻が実の姉に協力する形で、勝手に相談者を連帯保証人として記載し、契約させたものと思われます。なお、前妻は平成15年に他界しており、その姉とも一切音信不通であるため、確認はとりようがありません。

 

日本の取引においては、古くから、署名よりも、押印の方がより重要であるとされてきました(印鑑の文化)。それだけに、印艦は、よほど深く信頼している人に対してでなければ預けることはなく、一旦預けた以上、預けられた者のなした行為が、本当は代理権なくしてなされた場合でも、預け主は、その責任を負わなければならない場合は存在します。特にそれは、認印を用いた場合よりも実印を用いた場合にそうであることはいうまでもありません。

 

今回は、前妻が相談者の実印を使用していますが、本人が積極的に前妻に「預けた」という事実はありません。このあたりは、当時の前妻との関係や実印の保管状況にもよると思うので、微妙なところですが、印鑑証明書まで取得されているため、貸主側が、その者が権限ある者であるという外観を信頼することが無理もないという事情があれば、表見代理によって相談者にもに責任が及ぶ場合があります。すなわち、当時の状況次第では、相談者が責任を負う可能性もあります。

 

ただし、いくら実印と印鑑証明書があるからといって、同時期に作成された複数口の契約書において、契約書ごとに筆跡が異なっているにもかかわらず、その保証人に対して面前はおろか電話での本人確認も行っていないということになれば、その点については、貸主側にも落ち度があったというべきでしょう(当時は今よりもはるかにそのあたりの規定は緩かったのかもしれませんが)。

 

次に、②についてですが、破産当時に債権者と挙げていなかった債権の取扱いについては、破産法に明記されています(破産法253条1項6号)。

 

・破産者が、その債権の存在を知りながら、敢えて債権者名簿に記載しなかった場合

免責されない

・破産者が、その債権の存在を知らなかったために、債権者名簿に記載できなかった場合(破産者に過失がある場合含む)

免責される

・債権者名簿に記載がない場合でも、債権者が破産の事実を知っていた場合

免責される

つまり、まとめると、

破産者が債権の存在を知おり、かつ、債権者が破産の事実を知らなかった  免責されない

 

それ以外 → 免責される

 

となります。

 

今回のケースでは、①の部分だけで、連帯保証契約の無効を主張することもできなくはないと思いますが、当時の詳しい状況証拠の積み重ねは必要になるでしょう。その際に、当事者である前妻がすでに亡くなっており、契約から20年近くが経過しているため、当時の貸主側の担当者も不明となれば、なかなか難しいかもしれません。

 

しかし、②も加えて考えると、そもそもの連帯保証契約自体、本人の預かり知らぬところでなされたものですから、破産当時、請求、督促が来ていなかったのであれば、相談者が債権の存在を知らなくてもやむを得ないというべきです。したがって、債権者名簿に載せなかったことが故意であるとは到底言えないため、自己破産による免責の効力は及ぶというべきでしょう。つまり、2つの事情を合わせて考えれば、いわば合わせ技で免責にもっていけるのではないかと思っています。

 

この件については、請求額も130万円近くであり、相談者にとっても決して少ない額ではありません。また、詳しくは書けませんが、相手が相手なだけに、きっちりと話をつけておく必要があります。交渉で折り合いがつかなければ、最悪は債務不存在確認訴訟を起こすことになるかもしれません。今後進展があれば、可能な範囲でご報告したいと思います。
→進展がありましたので追記しました。

 

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